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【1974年〜1975年にかけて起きた連続企業爆破事件・過激派 東アジア反日武装戦線】桐島聡容疑者を不起訴 東京地検 連続企業爆破事件で指名手配、1月に死亡・・・桐島聡容疑者を不起訴 「東アジア反日武装戦線」メンバーで1月に70歳で死亡

【1974年〜1975年にかけて起きた連続企業爆破事件・過激派 東アジア反日武装戦線】桐島聡容疑者を不起訴 東京地検 連続企業爆破事件で指名手配、1月に死亡・・・桐島聡容疑者を不起訴 「東アジア反日武装戦線」メンバーで1月に70歳で死亡

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FNNプライムオンライン・3月21日19:35配信【桐島聡容疑者を不起訴 東京地検 連続企業爆破事件で指名手配、1月に死亡】

連続企業爆破事件に関与した疑いで、容疑者死亡のまま書類送検された桐島聡容疑者が、不起訴処分になった。

桐島聡容疑者(70)は、1974年から75年にかけて起きた連続企業爆破事件で指名手配され、半世紀近く逃亡していたが、末期の胃がんを患い、2024年1月に入院先の病院で死亡した。

警視庁公安部は、容疑者死亡のまま、殺人未遂などの疑いで桐島容疑者を書類送検していたが、東京地検は21日、不起訴処分とした。

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TBSニュース・3月21日14:51配信【桐島聡容疑者を不起訴 東京地検】

1970年代の「連続企業爆破事件」で指名手配され、警視庁に書類送検されていた過激派「東アジア反日武装戦線」の桐島聡容疑者について、東京地検はきょう、容疑者の死亡を理由に不起訴処分にしました。

桐島容疑者は、1974年から75年にかけて起きた連続企業爆破事件で指名手配され、50年近く逃亡していました。

今年1月中旬、「内田洋」と名乗る男が末期の胃がんを患い神奈川県鎌倉市内の病院に入院し、「自分は桐島聡です」と打ち明け、その4日後に死亡しました。

警視庁公安部は、桐島容疑者の親族のDNA型鑑定などから男は桐島容疑者本人と断定し、爆発物取締罰則違反と殺人未遂の疑いで容疑者死亡のまま書類送検していました。

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日刊スポーツ・3月21日19:07配信【桐島聡容疑者を不起訴 「東アジア反日武装戦線」メンバーで1月に70歳で死亡】

東京地検は21日、1974~75年の連続企業爆破事件の1つに関与したとの指名手配容疑を含む5つの事件で書類送検されていた過激派「東アジア反日武装戦線」メンバー桐島聡容疑者=1月に70歳で死亡=について、容疑者死亡で不起訴とした。胃がんを患っていた。

警視庁公安部は、75年4月に東京・銀座の韓国産業経済研究所入り口ドア付近を手製の時限爆弾で爆破したとして、同5月に爆発物取締罰則違反容疑で指名手配。

この事件に加え、同2~4月に間組(現安藤ハザマ)の本社6階と9階、大宮工場と江戸川作業所が爆破された4事件に関与したとして、今年2月27日に同罰則違反容疑などで書類送検していた。

桐島容疑者は約40年前から偽名で神奈川県藤沢市の工務店に住み込みで勤務。今年1月に入院後、病院関係者に「桐島聡」だと打ち明けていた。(共同)

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警視庁公安部が死亡の男を「東アジア反日武装戦線」メンバー 桐島聡容疑者と断定 容疑者死亡のまま書類送検・・・桐島聡容疑者を名乗り死亡した男を本人と特定し5つの事件で書類送検「連続企業爆破事件」で重要指名手配から49年 DNA型鑑定などで本人と断定 警視庁公安部《東アジア反日武装戦線》

警視庁公安部が死亡の男を「東アジア反日武装戦線」メンバー 桐島聡容疑者と断定 容疑者死亡のまま書類送検・・・桐島聡容疑者を名乗り死亡した男を本人と特定し5つの事件で書類送検「連続企業爆破事件」で重要指名手配から49年 DNA型鑑定などで本人と断定 警視庁公安部《東アジア反日武装戦線》

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【TBSニュース 配信】

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毎日新聞・2月27日12:35配信【桐島聡容疑者本人と特定し書類送検 連続企業爆破事件に関与の疑い】

1974~75年の連続企業爆破事件のうちの一つに関与した疑いがあるとして指名手配されている過激派「東アジア反日武装戦線『さそり』」メンバー、桐島聡容疑者(70)を名乗った男性について、警視庁公安部は27日、容疑者本人と特定したうえで殺人未遂や爆発物取締罰則違反の容疑で書類送検した。捜査関係者への取材で判明した。

捜査関係者によると、指名手配容疑となった75年4月の韓国産業経済研究所の爆破や、同年2月のゼネコン・間組の本社ビル爆破など5事件に関わったとされている。

末期がんを患っていた桐島容疑者は2024年1月29日朝、入院先の神奈川県鎌倉市内の病院で死亡した。入院当初は「内田洋(うちだひろし)」という名前を使っていた。【木下翔太郎、松本惇】

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産経新聞・2月27日12:47配信【桐島聡容疑者を書類送検 連続企業爆破事件 先月名乗り出て病死 警視庁公安部】

昭和49~50年に起きた連続企業爆破事件で、爆発物取締罰則違反容疑で指名手配されていた過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバー、桐島聡容疑者(70)と特定した男について、警視庁公安部は27日、指名手配容疑の爆破事件を含む5つの事件に関与したとして、爆発物取締罰則違反と殺人未遂の疑いで書類送検した。捜査関係者への取材で分かった。

桐島容疑者は、「内田洋(ひろし)」の名前で約40年間にわたり、同県藤沢市の工務店に住み込みで勤務していた。1月、末期がんで神奈川県鎌倉市の病院に入院。自ら「桐島聡」と名乗り、公安部が任意で捜査していたが、症状が重く、同月29日に死亡した。公安部がDNA型鑑定などを行い、身元を容疑者本人と特定した。

桐島容疑者は昭和50年4月、手製の時限爆弾で東京・銀座の韓国産業経済研究所の入り口ドア付近を爆破したとして、爆発物取締罰則違反容疑で手配していた。

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TBSニュース・2月27日13:01配信【警視庁公安部が死亡の男を「東アジア反日武装戦線」メンバー 桐島聡容疑者(70)と断定 容疑者死亡のまま書類送検…5つの爆破事件に関与か】

先月、過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバー桐島聡容疑者(70)と名乗り死亡した男について、警視庁公安部がDNA型の鑑定結果などから、桐島聡容疑者本人と断定し、容疑者死亡のまま書類送検しました。

先月中旬、「内田洋」と名乗る男が末期の胃がんを患い神奈川県鎌倉市内の病院に入院し、「自分は桐島聡です」と打ち明け、その4日後に死亡しました。

警視庁公安部は「内田」と名乗っていた男と桐島容疑者の親族のDNA型鑑定や数十年前から神奈川県藤沢市の工務店に住み込み、従業員として潜伏していた自宅を捜索するなどの捜査を進めた結果、男を桐島聡容疑者本人と断定しました。

桐島容疑者は指名手配されていた1975年4月に東京・銀座の「韓国産業経済研究所」で起きた爆破事件を含む、あわせて5つの事件に関与した疑いがもたれていて、警視庁が、爆発物取締罰則違反と殺人未遂の疑いで容疑者死亡のまま書類送検しました。

桐島容疑者は、死亡する直前、警視庁の事情聴取に対し、「事件について後悔している」などと話していたということです。

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FNNプライムオンライン・2月27日13:02配信【速報】【桐島聡容疑者を殺人未遂容疑などで書類送検 爆破5事件に関与 「内田洋」名乗り死亡の男を本人と特定】

連続企業爆破事件で指名手配されていた桐島聡容疑者を名乗り死亡した男について、警視庁公安部は、桐島容疑者と特定し、5件の爆破事件に関与した殺人未遂などの疑いで27日書類送検した。

過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバー・桐島聡容疑者(70)について、警視庁公安部は27日、1975年に東京・中央区で起きた韓国産業経済研究所のほか、大手ゼネコン・間組の本社ビルや作業所、工場などあわせて5件の爆破事件に関与した、爆発物取締罰則と殺人未遂の疑いで容疑者死亡のまま書類送検した。

桐島容疑者は49年間にわたり「内田洋(うちだひろし)」という偽名で潜伏していたが、先月、胃がんが悪化し、神奈川県内の病院に入院。入院中に桐島聡容疑者であることを打ち明け、先月29日に死亡した。

警視庁公安部は複数の親族から提供されたDNA型鑑定と、生前行われた任意聴取の内容などを総合的に判断し、桐島容疑者本人と特定した。

桐島容疑者は、死亡直前、病院で行われた任意聴取に対し韓国産業経済研究所爆破事件への関与を否定したものの、間組の事件については、関与をほのめかす供述をしていたという。

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日テレNEWS NNN・2月27日13:04配信【速報】【桐島聡容疑者を名乗り死亡した男を本人と特定し5つの事件で書類送検 「連続企業爆破事件」で重要指名手配から49年 警視庁公安部】

1970年代の連続企業爆破事件で指名手配されている桐島聡容疑者を名乗り、先月29日に死亡した男について、警視庁公安部が桐島容疑者本人と特定し、27日午後、5つの爆破事件で容疑者死亡のまま書類送検しました。

警視庁によりますと、神奈川県鎌倉市の病院に末期がんで入院し、先月25日に桐島聡容疑者と名乗り、先月29日に死亡した男について、警視庁公安部はDNA鑑定や裏付け捜査を行った結果、桐島聡容疑者、本人と特定しました。

また、1970年代に起きた一連の連続企業爆破事件のうち、1975年に起きた5つの事件について、容疑者死亡のまま書類送検しました。桐島容疑者は逮捕状が出ていた「韓国産業経済研究所」爆破事件、大手ゼネコン間組の本社ビルの2か所、大宮工場については爆発物取締罰則違反の疑い、江戸川作業所では殺人未遂や爆発物取締罰則違反の疑いが持たれています。

桐島容疑者は先月中旬、「内田洋」の名前で入院し、「死ぬときくらいは本名で死にたかった」と話していたということですが、桐島容疑者の指紋やDNAは残っておらず、警視庁公安部が親族のDNA型と照合するなどして確認を進めていたほか、今月2日には自宅を家宅捜索を行うなどして、裏付け捜査を進めていました。

桐島容疑者は過激派組織「東アジア反日武装戦線」のメンバーで、1970年代に起きた「連続企業爆破事件」に関与したとして1975年に爆発物取締罰則違反の疑いで指名手配され、50年近く逃亡していました。

桐島容疑者は「内田洋」という名前で、数十年前から神奈川県内の工務店で、住み込みで働いていたということです。

桐島容疑者は公安部の任意の調べに対し、韓国産業経済研究所爆破事件について関与を否定する一方、間組の一連の事件に関しては関与を認める説明をしていたということです。

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読売新聞オンライン・2月27日13:29配信【死亡した桐島聡容疑者を書類送検、殺人未遂容疑など…DNA型鑑定などで本人と断定】

1970年代に起きた連続企業爆破事件で、警視庁公安部は27日、入院先の病院で今年1月に死亡した過激派「東アジア反日武装戦線」メンバーの桐島聡容疑者(70)について、容疑者死亡のまま爆発物取締罰則違反と殺人未遂容疑で東京地検に書類送検した。

捜査関係者によると、桐島容疑者は「内田洋」の偽名で約40年間にわたり、神奈川県藤沢市内の土木工事会社に住み込みで働いていた。今年1月上旬に同じ偽名で同県鎌倉市の病院に入院し、同25日に病院関係者に本名を明かしたが、4日後に死亡した。末期の胃がんを患っていた。

公安部は、桐島容疑者の親族とのDNA型鑑定などから、死亡した人物を桐島容疑者本人と断定。その後の捜査で、桐島容疑者が75年4月の韓国産業経済研究所爆破事件や、同年2月のゼネコン「間組」本社爆破事件など計5事件に関与したと判断した。

桐島容疑者は死亡前、公安部の任意聴取に対し、韓国産業経済研究所爆破事件について「知らない」と関与を否定した一方、間組の爆破事件への関与を認める説明をしていたという。

東アジア反日武装戦線は74~75年、大手商社やゼネコンなど海外進出企業を狙って計11件の爆破事件に関与したとされる。75年5月に「狼」「大地の牙」「さそり」各グループの計8人が逮捕され、さそりグループのメンバーだった桐島容疑者も韓国産業経済研究所爆破事件で指名手配されたが、一度も逮捕されることなく約49年間にわたり逃亡を続けていた。

一連の事件では、77年に超法規的措置で釈放された大道寺あや子容疑者(75)ら2人が国外に逃亡しており、公安部は引き続き捜査を続ける。

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産経新聞・2月27日13:29配信【共謀の男は無期懲役で服役も…逃げ切った桐島聡容疑者、死亡で書類送検の幕引き】

昭和40~50年に発生した連続企業爆破事件の一つに関与したとして手配されている過激派「東アジア反日武装戦線」メンバー、桐島聡容疑者(70)を名乗った後に死亡した男について、警視庁公安部は27日、DNA型鑑定などで身元を桐島容疑者本人と特定した。桐島容疑者との共謀が指摘された事件を巡っては無期懲役判決を受けたメンバーもいただけに、司法の場での真相解明が期待されたが、桐島容疑者が死亡したことによって、動機などが不明のままでの無念の幕引きとなった。

桐島聡容疑者と特定

東アジア反日武装戦線は昭和49~50年に連続企業爆破事件を起こし、公安部がメンバー10人を特定。桐島容疑者は3つのグループの一つである「さそり」に属しており、10人の中でただ一人、一度も逮捕されずに潜伏を続けていた。

同グループのリーダー格だった黒川芳正受刑者は鹿島建設爆破事件(49年12月)や間組爆破事件(50年2月)などを起こしたとして、62年に無期懲役刑が確定。これらの事件では、桐島容疑者との共謀関係が指摘されていた。

桐島容疑者は、指名手配容疑を含む5つの事件に関与したとして、爆発物取締罰則違反容疑容疑で27日に書類送検された。

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日テレNEWS NNN・2月27日13:57配信【桐島聡容疑者を5つの爆破事件で書類送検 先月死亡の男を本人と特定】

桐島聡容疑者を名乗り先月、死亡した男について、警視庁公安部は、桐島容疑者本人と特定し、5つの爆破事件で容疑者死亡のまま、27日、書類送検しました。

過激派組織「東アジア反日武装戦線」のメンバーで、1970年代の連続企業爆破事件で指名手配されていた桐島聡容疑者を名乗り死亡した男について、警視庁公安部は、親族とのDNA鑑定や裏付け捜査を行った結果、桐島聡容疑者本人と特定しました。

また、1970年代に起きた一連の連続企業爆破事件のうち1975年に起きた5つの事件について、容疑者死亡のまま書類送検しました。桐島容疑者は逮捕状が出ていた「韓国産業経済研究所」爆破事件、大手ゼネコン間組の本社ビルの2か所、大宮工場の事件については爆発物取締罰則違反の疑い、作業員1人がけがした江戸川作業所では殺人未遂と爆発物取締罰則違反の疑いがもたれています。

捜査関係者によりますと、桐島容疑者は「内田洋」という名前で数十年前から神奈川県内の工務店で住み込みで働いていて、先月入院した際に「死ぬときくらいは本名で死にたかった」などと言って桐島容疑者を名乗ったということです。

また、桐島容疑者は公安部の任意の調べに対し、韓国産業経済研究所爆破事件について関与を否定する一方、間組の一連の事件に関しては、関与を認める説明をしていたということです。

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tag : 東アジア反日武装戦線/桐島聡/DNA/連続企業爆破事

桐島聡も読んでいた爆弾マニュアル『腹腹時計』~桐島聡と東アジア反日武装戦線の末路・・・桐島聡容疑者名乗った男 DNA型鑑定で親族と「関係矛盾せず」・・・「親族関係に矛盾がない」桐島容疑者とみられる男と親族のDNA型 警視庁が自宅を家宅捜索

桐島聡も読んでいた爆弾マニュアル『腹腹時計』~桐島聡と東アジア反日武装戦線の末路・・・桐島聡容疑者名乗った男 DNA型鑑定で親族と「関係矛盾せず」・・・「親族関係に矛盾がない」桐島容疑者とみられる男と親族のDNA型 警視庁が自宅を家宅捜索

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産経新聞・2月2日12:53配信【桐島聡容疑者名乗った男 DNA型鑑定で親族と「関係矛盾せず」】

昭和49~50年の連続企業爆破事件の一つに関与したとして、爆発物取締罰則違反容疑で手配されている過激派「東アジア版一武装戦線」の「さそり」グループメンバー、桐島聡容疑者(70)を名乗った男=1月29日に死亡=をDNA型鑑定したところ、桐島容疑者の親族と、「親族関係に矛盾がない」との結果が得られたことが2日、捜査関係者への取材で分かった。

警視庁公安部は同日、神奈川県藤沢市にある男の自宅を捜索。身元の特定を進める。

桐島容疑者は、連続企業爆破事件の一つで、昭和50年4月に発生した東京・銀座の韓国産業経済研究所爆破に関与したとして同年5月、指名手配された。

一方で、捜査関係者によると男は今年1月、自身を桐島容疑者だと名乗った後の公安部の任意聴取に対し、同研究所爆破への関与を否定。間組(現安藤・間)爆破への関与をほのめかす趣旨の供述をしていたという。

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毎日新聞・2月2日13:19配信【別事件で踏み込んだ警察に… 桐島聡容疑者だけではない長期逃亡】

「内田洋(うちだひろし)」を名乗る男性が、1970年代の連続企業爆破事件のうち一つの事件に関与した疑いで指名手配されていた桐島聡容疑者(70)と確認されれば、その逃亡生活は50年近くに及んだことになる。指名手配された容疑者が長期間逃走していたケースは他にもある。

東京で71年に起きた「渋谷暴動」では、殺人などの罪に問われ1審で懲役20年の判決を受けた中核派活動家、大坂正明被告(74)=控訴中=が約46年間逃走していたが、2017年5月に広島市のマンションで、別事件で部屋に踏み込んできた警察官に暴行したとして逮捕された。

過激派グループ「日本赤軍」の重信房子・元最高幹部(78)は、国際手配されてから25年たった00年11月、大阪府高槻市のホテルに潜伏しているところを発見され、逮捕された。

目黒公証役場事務長拉致(95年)などオウム真理教による一連の事件に関与したとして特別手配されていた平田信・教団元幹部(58)は約17年間の逃走の後、11年の大みそかに警視庁に出頭した。また元信者の高橋克也受刑者(65)も12年6月に東京都大田区内の漫画喫茶にいるところを発見された。【木下翔太郎】

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毎日新聞・2月2日15:24配信【「桐島聡」名乗る男性、連続爆破事件の関与ほのめかす「後悔」も】

1974~75年の連続企業爆破事件のうちの一つに関与した疑いがあるとして指名手配されている過激派「東アジア反日武装戦線『さそり』」メンバー、桐島聡容疑者(70)とみられる男性について、警視庁公安部がDNA型を桐島容疑者の親族と照合したところ、「親族関係にあることに矛盾はない」との結果だったことが捜査関係者への取材で判明した。複数の親族から試料の提供を受け、鑑定していた。末期がんを患っていた男性は1月29日朝、入院先の神奈川県鎌倉市内の病院で死亡した。

公安部は桐島容疑者である可能性が高まったとみて確認作業を進めており、2日には神奈川県藤沢市にある男性宅を爆発物取締罰則違反容疑で家宅捜索した。

桐島容疑者は75年4月18日夜、東京・銀座のビルにあった韓国産業経済研究所の入り口ドアに手製爆弾1個を仕掛け、翌19日未明に時限装置で爆発させたとして同容疑で指名手配されている。

東アジア反日武装戦線は、反帝国主義や反植民地主義を掲げ、74年8月~75年5月、三菱重工業といった旧財閥系やゼネコンなどを標的に連続爆破事件を起こし、計12事件で8人が死亡して多数の重軽傷者が出た。公安部は、桐島容疑者が韓国産業経済研究所の事件を含めて計7事件に関与したとみている。

捜査関係者によると、男性は病院内での事情聴取に対し、韓国産業経済研究所の事件への関与を否定した。一方、75年2月に東京都港区で起きたゼネコン・間組の本社ビル爆破事件への関与をほのめかしたという。一連の事件について、捜査員から「後悔しているか」と問われ、「はい」と答えたとされる。

男性は「内田洋(うちだひろし)」と名乗り、数十年前から神奈川県藤沢市内の工務店に住み込みで勤めていた。公安部の聴取には、逃走期間中に支援者はおらず「1人でいた」と説明したという。

男性は約1年前にがんと告知されたが、最近になって体調が悪化し、2024年1月に入院した。病院でも当初は「内田洋」と名乗ったが、25日に桐島容疑者本人と認める話を病院関係者にした。通報を受けた神奈川県警が警視庁に連絡していた。

公安部は男性が桐島容疑者本人と確認された場合、書類送検を検討する。【木下翔太郎、松本惇】

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BuzzFeed Japan・2月2日17:00配信【桐島聡容疑者は何をした人物だったのか。「最期は本名で迎えたい」49年間の逃走の末に死亡した可能性】

街中のポスターでたまに見かける笑顔の男が、子どものころから気になっていました。ロン毛で眼鏡をかけてニッコリ笑う桐島聡(きりしま・さとし)容疑者の指名手配写真です。

指名手配犯の顔写真といえば、仏頂面のいかにも悪そうな表情に決まっています。でも、桐島容疑者に限っては、何ともさわやかな笑顔。「なんでこんな写真なんだろう?」と不思議でした。(BuzzFeed Japan/安藤健二)

【「最期は本名で迎えたい」と言い残して桐島容疑者を名乗る男が死亡】

桐島容疑者は、数多くの企業爆破事件を起こしたテロリストグループ「東アジア反日武装戦線」のメンバーです。

僕が生まれる1年前の1975年5月、爆発物取締罰則違反で全国に指名手配されていましたが、その行方は全く不明でした。しかし、2024年1月になって桐島容疑者を名乗る人物が神奈川県内の病院で入院していることが判明しました。

NHKニュースによると、末期のがんと診断され治療を受けていましたが、1月29日の朝、死亡したということでした。桐島容疑者を名乗る人物は数十年前から「内田洋」という名前で神奈川県藤沢市内の土木関係の会社で住み込みで働いており、「最期は本名で迎えたい」などと話していたそうです。

2月2日の毎日新聞によると、警視庁公安部がこの男のDNA型を桐島容疑者の親族と照合し、「親族関係にあることに矛盾はない」との結果だったことが捜査関係者への取材で判明しました。本人であれば約49年間にわたって身の上を偽って市中に潜伏していたことになります。

桐島容疑者はどんな容疑から指名手配されていたのか。どんな人物だったのかはあまり知られていません。指名手配当時の新聞記事などを元に辿ってみました。

【東アジア反日武装戦線とはどんな組織?主要メンバーは3グループ合わせても9人】

桐島容疑者が参加していた「東アジア反日武装戦線」は、1970年に大手商社やゼネコンを相手に数々の爆弾テロを行ったことで昭和史に名を残しています。ものものしい名前ですが主要メンバーは、わずか9人です。メンバーの多くは社会人で、一般企業に勤めながら自宅で爆弾制作をするなどテロ活動を行っていました。

3つのグループに分かれており、「狼(おおかみ)」が4人、「大地の牙」が2人、「さそり」が3人でした。このうち桐島容疑者は「さそり」に所属していました。

最初に結成された「狼」が、爆弾の作り方を詳細に説明した「腹腹時計(はらはらとけい)」というパンフレットを秘密裏に出版。

「日帝」(日本国のこと)が敗戦後もアジアの人々を経済的に侵略しているとした上で、爆弾による武装蜂起(ぶそうほうき)を呼びかけていました。警察に怪しまれないように「ごく普通の生活人であることに徹すること」などカムフラージュの心得まで書いていました。

「狼」の起こした数々の企業爆破テロと「腹腹時計」に触発されて、結成されたのが「大地の牙」と「さそり」の2グループです。3グループは末期には共同作戦を行うなど協力関係にはあったものの、基本的には別行動を取っていたようです。

【桐島容疑者が所属していた「さそり」の由来とは?】

サンケイ新聞1975年6月12日夕刊によると、「さそり」のリーダーは黒川芳正受刑者(無期懲役判決で収監中)でした。

「さそり」のテロの動機や、ネーミングの由来について、東京地検捜査本部の取り調べの結果として以下のように報じていました。

「日雇い労働者の体験を通じ、これらの労働者からの搾取を許している大手建設会社への怒りや憎しみから爆弾闘争に至った」

「サソリは小さな体で大きな敵を倒す猛毒を持っている。自分らの小さな組織も巨大な建設資本を倒すことができる毒を持っていることを誇示しようとした」

この当時、梶芽衣子が主演する東映の映画『女囚さそり』シリーズが1972年から始まり、大ヒットしていました。事件当時、映画や原作の劇画との関連も指摘されていますが詳細は不明です。

【桐島容疑者は、大量の死傷者が出た三菱重工業ビル爆破事件には関与していなかった】

『反日革命宣言』(風塵社)『狼煙を見よ』(河出書房新社)などによると、「さそり」名義で犯行声明を出た企業爆破事件は2件です。

・鹿島建設のプレハブハウス工場=負傷者なし(1974年12月23日)

・間組本社6階=負傷者なし(1975年2月28日)

このほか「さそり」のリーダーの黒川受刑者は、以下の6件の爆破事件に関わっていたと1987年3月24日の最高裁判決で認定されています。(同日付の読売新聞夕刊より)

・間組(はざまぐみ)本社9階=重傷1人(1975年2月28日)

・間組大宮工場=負傷者なし(1975年2月28日)

・韓国産業経済研究所=負傷者なし(1975年4月19日)

・尼崎オリエンタルメタル=負傷者なし(1975年4月19日)

・間組江戸川作業所=重傷1人(1975年4月27日)

・江戸川鉄橋工事現場=負傷者なし(1975年5月24日)

「さそり」の犯行に先立つ1974年8月30日、東京・丸の内の三菱重工業ビルの玄関前に置かれた時限爆弾が爆発。8人が死亡、380人が重軽傷を負った事件が起きています。

これは一番最初に東アジア反日武装戦線を名乗った「狼」による犯行であり、もっとも多くの死傷者を起こした事件でした。

この三菱重工ビル爆破事件にも桐島容疑者が関わっていたと思われがちですが、「さそり」の活動開始以前のため無関係です。

つまり桐島容疑者は重傷者を出した間組への爆破事件に関わっていた可能性はありますが、三菱重工ビルでの大量殺傷に加担した可能性は低いとみられています。

【「岡山にいる」という電話のあと、足取りが不明だった】

桐島容疑者が指名手配されたのは、東アジア反日武装戦線のメンバー8人と協力者1人が1975年5月19日に一斉逮捕された4日後のことでした。すでに逮捕されていた「さそり」リーダーの黒川受刑者が所持していたメモや合鍵から、共犯者の存在が浮上したからです。

韓国産業経済研究所に関する爆発物取締罰則違反の容疑で、「さそり」メンバーで桐島容疑者とU氏が全国指名手配されました。2人とも明治学院大学の学生でした。U氏は7年後の1982年に逮捕されましたが、桐島容疑者の行方は分からないままでした。(※U氏は2003年に刑期満了で出所)

手配翌日の毎日新聞朝刊によると、桐島容疑者は広島県出身で地元の高校を卒業後、明治学院大学法学部に入学。それまで逮捕歴や目立った活動歴はなかったそうです。

中野区内のアパートで暮らしていましたが、同日の読売新聞朝刊によると同じアパートの住民からは「まじめそうな学生さん」「坊ちゃん育ちらしい、おとなしそうな感じ」という驚く声が出ていました。

桐島容疑者は指名手配直前の5月20日に東京・渋谷区の銀行から預金3万円を引き落としたほか、同月末に広島県福山市内の実家に「岡山にいる」と電話がかかったのが確認されています。それ以後はぷっつりと足取りが消え、有力な手がかりが得られないまま約49年が過ぎていました。

指名手配容疑の「爆発物取締罰則違反」の時効は25年ですが、朝日新聞デジタルによると共犯者として国際手配されている「狼」グループの大道寺あや子容疑者(75)らが海外逃亡したことにより、桐島容疑者の時効は停止されていました。

桐島容疑者の写真が笑顔だった背景は…

警視庁公式サイトによると、桐島容疑者が生まれたのは1954年1月9日。笑顔の指名手配写真は1973年に撮影されたもので、19歳ごろのものでした。指名手配時には21歳でしたが、1月29日に亡くなったのが事実であれば、もう70歳になっていた計算になります。

調べてみて分かったのですが、桐島容疑者には前科がありません。他の指名手配犯のように、犯行以前に警察署で撮影した写真が使えないため、もしかしたら一般から提供された写真がたまたま笑顔だったのかもしれません。

僕が生まれたころからなじんでいた笑顔のポスターも剥がされる日が近づいてきたようです。本人が死亡した可能性は高そうですが、少しでも事件の真相が解明されることを祈ります。

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TBSニュース・2月2日18:54配信【「親族関係に矛盾がない」桐島容疑者とみられる男と親族のDNA型 警視庁が自宅を家宅捜索】

桐島聡容疑者(70)を名乗る男のDNA型鑑定の結果、桐島容疑者の一部の親族と「親族関係に矛盾がない」という結果が出たことが捜査関係者への取材で分かりました。

ライブの生演奏に合わせて両手を高くあげ、楽しげに踊る年配の男。桐島聡容疑者とみられる男です。

この男をめぐってきょう…

記者
「午前10時前です。警視庁公安部の捜査員が、桐島聡容疑者とみられる男の自宅に家宅捜索に入ります」

神奈川県藤沢市にある男の自宅に、警視庁公安部が爆発物取締罰則違反の疑いで家宅捜索に入ったのです。

桐島容疑者とみられる男は、「内田洋」の名前で鎌倉市内の病院に入院していましたが、先月29日に死亡。男は死亡する前、警視庁の任意の事情聴取にこのような趣旨の話をしたといいます。

桐島容疑者とみられる男(聴取に対して)
「1人で逃亡していた。事件について後悔している」

その後の捜査関係者への取材で、男は指名手配の容疑になっている1975年の「韓国産業経済研究所」の爆破事件への関与を否認。一方で、同じ年に起きた大手ゼネコン間組本社ビルの爆破事件には、「関与した」という趣旨の話をしていたといいます。

警視庁は、桐島容疑者の親族からDNA型の提供を受けて男との照合を進めていますが、この結果についても新たな事実が判明しました。

捜査関係者

「親族関係に矛盾がない」

一部の親族と「矛盾しない」という結果が出たというのです。

ただ、まだ身元の断定には至っておらず、警視庁は男の自宅の家宅捜索を通じて、桐島容疑者とつながる資料などを押収する方針です。

警視庁は死亡した男が桐島容疑者本人と特定されれば、容疑者死亡のまま、書類送検する方針です。

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TBSニュース・1月30日6:01配信【桐島聡も読んでいた爆弾マニュアル『腹腹時計』 ~桐島聡と東アジア反日武装戦線の末路(1974年)】【TBSアーカイブ秘録】

事件からおよそ半世紀、入院した末期がん患者は「桐島聡」という衝撃の名前を名乗り、その後死亡しました。手配写真の顔だけは有名ですが、いったい彼は何をして、それはどんな時代だったのか。一連の連続企業爆破テロ事件の裏には『腹腹時計』という名の「教科書」がありました。(アーカイブマネジメント部 疋田 智)*文中敬称略

■70年代過激派テロの代名詞「連続企業爆破事件」

桐島容疑者が所属していたのは過激派組織「東アジア反日武装戦線」。この集団は1974年から1975年にかけて、あわせて11件にのぼる連続企業爆破事件を起こしました。

1974年に東京・丸の内で起こした三菱重工ビル爆破事件では、正面入り口に置かれた爆弾が爆発し、死者8人、重軽傷者380人を出す大惨事となりました。

桐島容疑者は、「東アジア反日武装戦線」内のグループ「狼」「大地の牙」「さそり」のうち、「さそり」グループの一員で、韓国産業経済研究所の時限爆弾事件などに関わったとされています。

■未遂に終わった「昭和天皇暗殺計画」

一連の爆破事件には「未遂」ではあるものの、昭和天皇暗殺計画もあったといいます。

昭和天皇の御料列車が通るのにあわせて鉄橋を爆破しようというのがその計画で、用意した爆弾はダイナマイト約700本分にもあたる強力なものでした。

しかし、犯行予定現場の橋「荒川橋梁(赤羽-川口間)」の下には、正体不明の人物がいて、それを公安警察ではないかと誤解した犯人グループは、計画を「延期」しました。

そして、同じ爆弾を三菱重工爆破事件に流用し、大惨事を引き起こしたのです。

爆弾は彼らが自作したものでした。

■『腹腹時計』の衝撃

なぜ彼らはこんなものを作ることができたのか。じつは彼らには時限爆弾作りのマニュアル本がありました。その名も『腹腹時計(はらはらどけい)』。

本というよりも冊子です。しかし、この通りに材料を集め、この通りに作れば、素人でも時限爆弾が作れるという、非常に「実用的」なものでした。

これが地下出版され、左翼系の書店で現実に売られ、過激派にばらまかれたのです。

彼らは潜伏したアパートの床下に小さな工場を作り、日夜、爆弾製作にいそしみました。

しかし一方、この冊子が警察の目にとまり、材料の入手先などから、容疑者の足がつくようになったのです。

■メンバーの逮捕

1975年5月。大道寺将司容疑者(当時・後に死刑囚)をはじめ犯行グループのメンバー8人が一斉に逮捕されました。

ほぼ唯一、完全逃亡を果たしたのが、今回の桐島聡容疑者でした。

彼の行方はようとして分からず、警察は、世界に悪名を轟かせたテロの後始末として、威信を賭けて全国に指名手配したのです。

彼が何をしたのかは知らなくても、写真だけは見たことがある。

そういう人が多いのはそのせいです。

■住み込みの工務店従業員として

逃亡からおよそ半世紀。桐島容疑者を名乗る男は死の直前まで、神奈川県の住み込みの工務店従業員として、世間から身を隠していました。偽名は「内田洋(ウチダヒロシ)」。

老いて、頬は痩せこけ、風貌はまったく変わり、度の強いメガネだけが以前と変わらなかったといいます。

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「孤立無援」と「社交性」の半世紀 過激派メンバー「桐島聡」の逃亡生活・・・「韓国産業経済研究所」爆破事件への関与否定・・・間組本社ビル爆破事件の関与ほのめかす・・・「“おぬし”に何がわかるんだ!」酔うと酒場で激昂…写真を撮られるのを極端に嫌っていた“自称・桐島聡”が15年前「結婚したい」と語っていた年下女性との恋・・・行きつけのバーで生演奏に合わせ楽しげに踊る“内田洋”の姿

「孤立無援」と「社交性」の半世紀 過激派メンバー「桐島聡」の逃亡生活・・・「韓国産業経済研究所」爆破事件への関与否定・・・間組本社ビル爆破事件の関与ほのめかす・・・「“おぬし”に何がわかるんだ!」酔うと酒場で激昂…写真を撮られるのを極端に嫌っていた“自称・桐島聡”が15年前「結婚したい」と語っていた年下女性との恋・・・行きつけのバーで生演奏に合わせ楽しげに踊る“内田洋”の姿

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時事通信・1月31日15:31配信【「孤立無援」と「社交性」の半世紀 過激派メンバー「桐島聡」の逃亡生活】

1974年、75年に起きた連続企業爆破事件で指名手配中の過激派組織メンバー「桐島聡」(70)を名乗る男が現れ、入院先の病院で死亡した。過激派の長期逃亡では、7年前に別組織の活動家が逮捕された事件も大きく報じられたが、2つの逃走劇は様相が大きく異なる。死亡した男が桐島容疑者であれば、半世紀に及んだ逃亡生活は「孤立無援」だった一方、社交性に満ちていた。(時事通信 社会部・森拓馬、デジタル編成部・榊原康益)

《月に1度、決まって1人で》

「最期は本名で迎えたい」。末期の胃がんを患って神奈川県鎌倉市の病院に入院していた男が、自ら「桐島聡だ」と名乗り出たのは、死亡する数日前のことだった。

桐島聡は、連続企業爆破事件を起こした過激派組織「東アジア反日武装戦線」のメンバー。爆発物取締罰則違反容疑で75年5月から指名手配を受け、警視庁公安部が行方を追っていた容疑者だ。連絡を受けた公安部が2024年1月25日から事情聴取を開始。男は桐島容疑者の家族について詳しい情報を話し、身体的特徴も一致したが、4日後に息を引き取った。

捜査関係者によると、男は「内田洋」の名前で約40年間、神奈川県藤沢市の工務店に住み込みで働き、職場近くの木造2階建て住宅に暮らしていた。病院でも当初は「内田洋」を名乗ったが、健康保険証や運転免許証など身分を示すものは持っていなかった。

およそ25年前から通い始めた藤沢市内のバーでも「うっちー」と呼ばれていた。居合わせた客と会話を交わし、「楽しそうに酒を飲んでいた」と知人男性は振り返る。月に一度は顔を見せる常連客となったが、来店するときは決まって1人だったという。

《「治療薬を早く」と組織に》

7年前に逮捕された別の過激派組織「中核派」のメンバー、大坂正明被告(74)=殺人罪などで懲役20年の1審判決=は、長期の潜伏生活を送った。大坂容疑者は1971年11月、過激派の仲間と集まった東京・渋谷で警戒中の警察官を殺害したとされ、72年に指名手配された。17年5月に発見されるまで46年間にわたって逃亡を続けたが、大坂被告の潜伏は、中核派が全面的に支援していた。

捜査関係者によると、大坂被告をサポートしたのは、中核派の非公然活動家ら少なくとも10数人に上る。隠れ家を用意した上で月に1回程度接触し、生活費を渡したり、文書をやり取りしたりしていた。病気になっても医療機関を受診できないためか、接触の際に持病の薬も届けられていた。「早くビタミン(=治療薬)を送ってくれ」「どうして送ってくれないのか」。大坂被告が作成したものと解析された文書の中には、そう抗議・督促する内容があり、中核派の幹部が「滞って申し訳ない」と釈明する返信を出していた。

組織とやり取りを続けることで、大坂被告は精神的にも支えられていたようだ。11年の大みそかに指名手配中のオウム真理教元幹部が出頭した後、大坂被告が中核派に提出した文書には、出頭を「指名手配攻撃」「警戒しないといけないのはこうした攻撃」と評した上で、「必ず逃げ切る」との決意表明が記されていた。

《社交生活がコロナで一変》

一方、「桐島聡」を名乗る男に、大坂被告のような支援はなかったとみられる。「中核派と違って、東アジア反日武装戦線は早々に消滅した。支える組織がない中、初期の頃は親族や友人に助けてもらった可能性はあるが、その後の大半は自力で生き延びたのだろう」。警視庁公安部の元幹部はそう見立てた。

孤立無援となったせいか、男は逃亡者のイメージとはかけ離れた社交的な生活を送った。男が通ったバーの店主(54)によると、規則正しい生活を送り、常連客同士でバンドを組んでボーカルを担当した他、スキーやキャンプへも行った。近所の男性も「あいさつをすれば返ってくるし、目が合えばニコッとする」と振り返る。一般市民として溶け込み、疑いの目を向けられることはなかった。

ただ、携帯電話は持たず、写真に写るのを嫌っていた。逃亡中の身で健康保険証を持っていないためか、体調管理に人一倍気を遣っていると周囲には映った。バーの店主は、男が散歩する姿をよく見かけた他、毎月足を運んだバーにも新型コロナウイルスの流行後は来なくなったと証言した。コロナ感染を警戒したとみられる。毎日のように通った銭湯では、男がストレッチ器具を使って運動する様子が従業員の印象に残っている。

《「すごく軽い」痩せた体》

それでも、男は大病を患った。知人男性は約1年前、がんになったことを告白された。少なくとも1年間の闘病生活を送った末、24年1月には、路上で動けなくなるほど衰弱した。このときは近所の住人によって自宅まで運んでもらったが、直後に入院した。

「痩せていて、体がすごく軽かった」。近所の住人はそう振り返った。男の部屋は6畳もない広さで、段ボールや鍋が足の踏み場もないほど乱雑に置かれていたという。

11年末に出頭したオウム真理教の元幹部もまた、組織の支援を受けていなかったとみられる。女性信者の助けで潜伏を続けたが、「東日本大震災で罪のない人が多く亡くなったことに不条理を感じ」て出頭を決意。17年間の逃亡生活に自ら終止符を打った。大々的に報じられた元幹部のニュースに接したとき、男の胸には何が去来したのだろう。

「事件について後悔している」。男は死期が迫った病床で、公安部の聴取にそんな趣旨の話をした。

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日本テレビ・1月31日11:57配信【“桐島聡”名乗る男 「韓国産業経済研究所」爆破事件への関与否定】

1970年代の連続企業爆破事件で指名手配されている桐島聡容疑者を名乗り、29日に死亡した男が、手配の容疑となった1975年の爆破事件について、関与を否定していたことがわかりました。

「東アジア反日武装戦線」のメンバー・桐島聡容疑者は、1975年の「韓国産業経済研究所」爆破事件に関わったとして指名手配され、50年近く逃亡しています。

その後の捜査関係者への取材で、神奈川県の病院に入院中に桐島聡容疑者を名乗り29日に死亡した男が、死亡する前、警視庁公安部の任意の聴取に対して、「韓国産業経済研究所」爆破事件への関与を否定する一方、大手ゼネコン間組を狙ったほかの爆破事件については、関与をほのめかす話をしていたことがわかりました。

また、男は一連の事件について「後悔している」「一人で逃亡していた」とも話したということで、警視庁は裏付け捜査を進めています。

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FNNプライムオンライン・2月1日7:46配信【桐島容疑者名乗る男が指名手配容疑の関与否定…間組本社ビル爆破事件の関与ほのめかす 遺体は警察署へ DNA鑑定進める】

連続企業爆破事件で、桐島聡容疑者を名乗り病死した男が、指名手配されている爆破事件への関与を否定する一方、別の事件への関与はほのめかしていたことがわかった。

過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバー、桐島聡容疑者(70)を名乗る男は1月29日、胃がんのため、病院で死亡した。

捜査関係者によると、男は任意の聴取に対し、東京・中央区で1975年に発生した韓国産業経済研究所爆破事件について関与を否定したことがわかった。

一方で、同じ年の大手ゼネコン・間組本社ビルの爆破事件については、関与をほのめかしていたという。

男の遺体は31日、警察署に移され、警視庁は男のDNA型鑑定を進めている。

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集英社オンライン・2月1日18:01配信【「“おぬし”に何がわかるんだ!」酔うと酒場で激昂…写真を撮られるのを極端に嫌っていた“自称・桐島聡”が15年前「結婚したい」と語っていた年下女性との恋】

半世紀前、連続企業爆破事件を起こして世間を震撼させた「東アジア反日武装戦線」。メンバー9人のうち唯一、一度も捜査の網にかからなかった桐島聡容疑者(70)を名乗る男=1月29日に死亡=が通い詰めていた銭湯には、“自分”の手配写真が張ってあった。建設作業員“内田洋(ウチダヒロシ)”として長年、神奈川県藤沢市で暮らし、音楽と酒が好きでDJバーでも陽気な盛り上げ役だった元過激派(自称)は、銭湯でも好人物ぶりを発揮していた。

《手配書が張られていた銭湯店主は「気づかなかった」》

銭湯は自称「桐島聡」が住み込みで働いていた工務店から徒歩20分ほどで、5年ほど前までは毎日のように訪れていたという。銭湯の男性店主も、男を鮮明に記憶していた。

「十数年前に私が店主を引き継いだころ、すでに常連のお客さんだったことは間違いないので、20年以上は通われていたと思います。ほぼ毎日のように午後3時から5時の間、遅くても午後6時までに来られていました。サウナは利用してなかったので、1時間前後で帰るという流れでしたね」

スウェットやジャージといった動きやすい服装に、タオルや石鹸を入れたリュックを背負っていた男は、ここでも“ウチダ”で通っていた。

「ウチダさんはよく、入浴後に脱衣所でストレッチをしてました。準備体操みたいに膝とかふくらはぎを伸ばしたり、身体をひねるようなやつです。健康的な人でしたよ。番台にいる私とも軽く話すこともよくありました。

『今日は暑いねー』なんて天気の話をすることもあれば、浴室で大声を出すようなマナーの悪いお客さんがいると『変な奴らがいたよー』なんて報告してくれることもありました。扇風機をつけるお客さんがいると、『体が冷えちゃうな』と愚痴をこぼしていたので、“寒がりなお客さん”という印象です」

“ウチダ”はほかの常連たちとも会話を交わす、気さくなおじさんだったという。

「私や常連さんたちと頻繁に話すくらいなんで、挙動不審だったり人目を忍ぶようなことはまったくなかったですね。ところが5年前くらいから、パッタリ顔も見せなくなって、どうしちゃったのかなとは思っていたんです。それで、久しぶりに顔を見たのが今回の報道だったんで、かなり衝撃を受けました。ほかの常連さんたちも『まさかあの人がね、びっくりだよね』と驚いてましたよ」

銭湯には「桐島聡容疑者」の手配書が掲示してあったが、店主を含めて気づく人はいなかったのだろうか。

「この手配写真は、ウチダさんが来なくなったコロナ禍のころから貼られるようになったものなんですよ。前から張ってあればもしかしたら気付いたかなあ。でもこの手配写真を間近に見るようになっても、ウチダさんが思い浮かぶことはなかったですね」

常連客の70代の男性にとっても、気の置けない銭湯仲間だったようだ。

「まさか指名手配されてた有名人だとは思わなかったな。銭湯でよく顔を合わせるようになって、いつのまにか『今日はもう仕事終わり?』みたいな話をするようになって、そこから土木関係で働いてることを聞いた気がするね。話し方も静かで穏やかで、それでいて気さくで、湯船に浸かってゆったりと話ができるやつだったんだ」

《旗の台で友人のアパートに居候していた?》

自らを「桐島聡」と証明できなかった建設作業員“ウチダ”は、酒が進むとアイデンティティを披露したい衝動に駆られることもあったようだ。行きつけだった藤沢市内のある、バーのマスターは振り返る。

「私や親しいお客さんは『うーやん』と呼んでいましたが、『うっちー』と呼んでいる人もいましたね。几帳面だけど優しい性格で、他のお客さんともよく話してましたし、キャラが濃いからお店のマスコットのような存在だったんですよ。でも頑固なところもあって、人から奢られるのが嫌いでした。下に見られたくなかったみたいです」

愛されキャラだった“うーやん”だが、一度だけ店で大立ち回りをしかけたことがあったという。

「5年前ぐらいのことでした。隣りに座ったお客さんと大喧嘩したことがあったんです。どこかの国のことを『頭が悪い』と罵った“うーやん”に隣の人が『“うーやん”それくらいにしなよ、人種差別になるよ』ってなだめたら、『おぬしに自分の何がわかるんだ!』と怒鳴って帰ってしまったんです。

話がそのまま続いてたら、反アジアとかの話題になってたかもしれないですね。“うーやん”は酔いがまわると、相手のことを『おぬし』って言うんですよ、それもおもしろがられてた理由の一つかもしれないですね」

几帳面さは、買い物などの日常生活にみられ、空いたペットボトルを購入したスーパーに持ち込んでポイントを貯めたり、タイムサービスの20%引きの惣菜ばかりを買うなどしていたという。マスターが続ける。

「住み込みで働いていた工務店には友人のツテで入ったと聞きました。岡山県出身で高校卒業後に上京して旗の台で友人のアパートに居候してたそうです。アパートの隣の質屋でギターを買い、弾き始めたとか。その後、横浜で港湾労働をしていて、それから今の工務店に行き着いたと聞いています」

《写真を撮られるのを極端に嫌った》

バーでも2〜3回、ギターを奏でる機会はあったが、弾くのはローコードばかりで、決して上手とはいえない腕前だったという。それでもレイ・チャールズの歌を弾き語りするなど、音楽好きの“うーやん”の本領を発揮していたようだ。そのいっぽう女性に対しては奥手な一面を垣間見せていたという。

「15年前くらいに『結婚したい』と相談されたんですよ。飲み屋で知り合った20歳くらい下の女性が気になってるとかで、『独身なんだから楽しみなよ』とアドバイスしても『でも自分なんかが…』って感じで、結局半年後に『やっぱり伝えられなかった』と失恋していたのを覚えてます。

うちには25年以上通ってましたけど、コロナが流行して以降ピタッと姿を見せなくなりました。『コロナに感染するのが怖い』『感染が怖いから銭湯も行ってなくて、行水ですませている』って…。それでも去年、外でたまたま会ったときに『もうお店も普通に営業してるしライブもやるつもりだから来てよ』と声をかけると『ガンが見つかったんだ。でも早期発見できたし大丈夫そうだよ』って。やせ我慢してたんですかね…。

“うーやん”は優しいところもたくさんあって、ライブに来たお客さんが風邪っぽいからと近くの薬局で薬を買ってきたこともあったし、どこかで仲良くなったアーティストのために『ライブさせてやってくれ』と私に頼んできたこともあった。そのライブでは、空き缶に砂利を入れた手製のマラカスを40個作って持ってきたこともありました」

マスターの誕生日には古着が入ったダンボールや大量のビデオ、3mもある大きなカヌーをプレゼントしてくれたこともあった。しかし、写真に撮られることは極端に嫌っていたという。

「“うーやん”は自分の写真を撮ろうとした人を怒っていたこともありました。今思えば理由も納得がいきますね。『桐島聡』の報道が始まっても、内田洋(ウチダヒロシ)なんてよくある名前だから信じてなかった。でも、手配書と自分の持っていた写真を見比べると面影があって、衝撃を受けました。

そして、今では怒りを覚えてます。死ぬ間際に名乗って、贖罪もしないまま逝ってしまうなんて許せない。『事件を後悔している』と言ってましたが、本当に遺族を思っての発言なんですかね。過去の思い出話ばかり出たって、遺族の方々に失礼ですから」

「さそり」「狼」「大地の牙」。3グループからなる東アジア反日武装戦線の中にあって、桐島容疑者が属していた「さそり」は「自ら小さな組織の猛毒で、大きな建設資本を倒す」という由来で命名されたという。

なんの因果か建設現場で人生の大半を偽名で過ごし、酒場や銭湯でささやかなふれあいを重ねてきた“うーやん”。警視庁公安部は「自称・桐島聡」として死んだ「ウチダヒロシ」の身元を調べている。

※「集英社オンライン」では、今回の事件について情報を募集しています。下記のメールアドレスかX(Twitter)まで情報をお寄せ下さい。

メールアドレス:
shueisha.online.news@gmail.com

X(Twitter)
@shuon_news

取材・文/大島佑介   
集英社オンライン編集部ニュース班

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TBSニュース・2月1日18:40配信【独自】【行きつけのバーで生演奏に合わせ楽しげに踊る“内田洋”の姿… 桐島聡容疑者とみられる男の動画入手「いいよー!」を連呼】

桐島聡容疑者と名乗り、その後、病院で死亡した男について、JNNは12年前に撮影された動画を入手しました。そこには、“潜伏”とはほど遠い、音楽ライブを踊って楽しむ男の姿がありました。

ライブの生演奏に合わせ、大勢の客と共に高く両手を上げ、楽しげに踊る年配の男。神奈川県内にある病院に「内田洋」の名前で入院し、桐島聡容疑者(70)だと名乗った男です。

2012年6月、バーでの生演奏中に撮影されたものです。観客のなかでも最前列に近い位置で、立ち上がって両手を突き上げながら踊っています。

さらに、歌い手に向けて、合いの手を入れる男の肉声がはっきり聞き取れます。

「いいよー!いいよー!」

その声はハリがあり、力強い印象です。

周囲に「内田」と名乗ったこの男は、藤沢市内のバーに常連客として15年以上にわたり通っていたといいます。

「内田洋」名乗る男の知人

「よれた音楽好きのいいおじさん。ブルースだったりとか、ジェームス・ブラウンが好きだったりとか。調子のいい感じのリズミックなものが好きでしたね」

一方で、しっとりとした曲調に変わると、男はカウンターに肘をつき、静かに耳を傾けていました。

「内田洋」名乗る男の知人

「自分の方から多くを語る感じの人ではなかったですけど、普通に周りの人と混ざったり、ライブの演奏をしていると、盛り上げ役に回って『イエーイ』とか」

“潜伏”とはほど遠い、男の姿。この動画から12年後の先月25日、男は入院先の鎌倉市の病院で、自らを指名手配犯の「桐島聡です」と名乗り、わずか4日後に息を引き取りました。

警視庁は男が桐島容疑者とみてDNA型の鑑定を進め、身元の特定を急いでいます。

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「事件を起こしたことについて後悔」死亡前の任意聴取で...爆破事件への関与ほのめかす話も・・・公安部捜査員「後悔しているのか」、桐島聡容疑者名乗る男は「はい」…聴取に「ずっと一人で生活」・・・親族は遺体引き取りを拒否 桐島聡容疑者とみられる男【東アジア反日武装戦線】

「事件を起こしたことについて後悔」死亡前の任意聴取で...爆破事件への関与ほのめかす話も・・・公安部捜査員「後悔しているのか」、桐島聡容疑者名乗る男は「はい」…聴取に「ずっと一人で生活」・・・親族は遺体引き取りを拒否 桐島聡容疑者とみられる男【東アジア反日武装戦線】

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【連続企業爆破事件で指名手配された桐島聡容疑者を名乗る男が住んでいた木造2階建て住宅=神奈川県藤沢市、時事通信社 配信】

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共同通信・1月30日11:34配信【「後悔」と桐島容疑者名乗った男 連続企業爆破など一連の事件に】

1974~75年に起きた連続企業爆破事件の一つに関与したとして爆発物取締罰則違反容疑で指名手配されていた過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバー桐島聡容疑者(70)を名乗った男=29日死亡=が、武装戦線が起こした一連の事件について警視庁公安部の事情聴取に「後悔している」と供述していたことが30日、捜査関係者への取材で分かった。

男は支援者の有無を問われ「一人でいた」と供述したというが、公安部は身元確認を進め、容疑者本人であれば供述通り支援者がいなかったか逃亡生活の実態を調べる。

桐島容疑者は、75年4月19日に東京・銀座の韓国産業経済研究所入り口ドア付近を手製の時限爆弾で爆破した疑いで同5月に指名手配された。

公安部は、桐島容疑者が指名手配容疑の事件以外にも複数の事件に関与したとみている。男が入院しているとの情報を得た今月25日以降、入院先の神奈川県鎌倉市の病院で事情聴取。身元確認には少なくとも数日かかる見込み。本人と確認できれば、容疑者死亡で書類送検する方針。

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TBSニュース・1月30日11:37配信【親族は遺体引き取りを拒否 桐島聡容疑者(70)とみられる男】

過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバー、桐島聡容疑者と名乗った男がきのう入院先の病院で死亡しましたが、桐島容疑者の親族が、男の遺体を引き取ることを拒否していることが新たにわかりました。

捜査関係者によりますと、桐島聡容疑者(70)とみられる男は末期の胃がんを患い、今月中旬、「内田洋」の名前で神奈川県鎌倉市内にある病院に入院していましたが、きのう死亡しました。

その後の捜査関係者への取材で、桐島容疑者の親族が男の遺体を引き取ることを拒否していることが新たにわかりました。

捜査関係者によりますと、桐島容疑者は過去に逮捕されたことが無く、警察のデータベースに指紋やDNA型が登録されていないということです。

警視庁は桐島容疑者の複数の親族からDNA型の提供を受け、男のDNA型との照合を慎重に進めていて、男が桐島容疑者と特定された場合、容疑者死亡のまま書類送検する方針です。

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時事通信・1月30日11:46配信【「後悔している」「一人で逃亡」 聴取に自称桐島容疑者 連続企業爆破・警視庁】

1974~75年の連続企業爆破事件の一つに関与したとして指名手配された過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバー、桐島聡容疑者(70)を名乗る男が、警視庁公安部の任意聴取に対し、「後悔している」と話していたことが30日、捜査関係者への取材で分かった。

男は29日に入院先の病院で死亡し、公安部が身元の特定を急いでいる。

捜査関係者によると、男は入院先の病院で、聴取に対し、「事件について後悔している」という趣旨の話をした。「一人で逃亡していた」とも明かしたという。 

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FNNプライムオンライン・1月30日11:57配信【「事件を起こしたことについて後悔」桐島聡容疑者名乗る男が死亡前の任意聴取で...爆破事件への関与ほのめかす話も】

49年前の連続企業爆破事件に関与した桐島聡容疑者を名乗り、29日に病死した男が、警視庁公安部の聴取に対し、「事件を起こしたことについて後悔している」という趣旨の話をしていたことがわかった。

過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバーの桐島聡容疑者を名乗る男(70)は、29日に末期の胃がんで、入院していた病院で死亡した。

捜査関係者によると、男は死亡するまでに行われた警視庁公安部の任意の聴取に対して、「事件を起こしたことについて後悔している」という趣旨の話をしていたことがわかった。

男は、桐島容疑者の指名手配容疑である東京・中央区のビル爆破事件のほか、複数の事件についても関与をほのめかす話をしたという。

また男は、およそ40年にわたり、「内田洋」という名前で、神奈川・藤沢市の工務店で働きながら生活していたが、「誰の支援も受けずに逃亡していた」と話したという。

警視庁は、男が桐島容疑者であるか、DNA型鑑定による確認を進めている。

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TBSニュース・1月30日15:22配信【死亡前の任意聴取に「事件について後悔している」「1人で逃亡していた」…桐島容疑者とみられる男 警視庁公安部】

過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバーで、桐島聡容疑者と名乗った男が死亡する前、「事件について後悔している」「1人で逃亡した」という趣旨の話をしていたことがわかりました。

捜査関係者によりますと、桐島聡容疑者(70)とみられる男は末期の胃がんを患い、今月中旬、「内田洋」の名前で神奈川県鎌倉市内にある病院に入院していましたが、きのう死亡しました。

その後の捜査関係者への取材で、男は入院先の病院で、警視庁公安部の事情聴取に対して「事件について後悔している」という趣旨の話をしていたことがわかりました。

さらに、は長期間の逃亡生活について「1人で逃亡していた」と明かしたということですが、警視庁は潜伏を支援する人が本当にいなかったかどうかなど実態解明を進めています。

桐島容疑者は1975年4月、東京・銀座の「韓国産業経済研究所」で起きた手製の時限爆弾による爆破事件で指名手配されていました。

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読売新聞オンライン・1月30日20:35配信【公安部捜査員「後悔しているのか」、桐島聡容疑者名乗る男は「はい」…聴取に「ずっと一人で生活」】

1970年代の連続企業爆破事件を巡って指名手配中の桐島聡容疑者(70)を名乗り、29日に入院先で死亡した男が、警視庁公安部の任意聴取に「ずっと一人で生活していた」と説明していたことが捜査関係者への取材でわかった。公安部は男の身元確認を進める一方、桐島容疑者の逃亡を支援した人物がいなかったか慎重に調べている。

捜査関係者によると、男は「内田洋(うちだひろし)」の名で今月上旬、神奈川県鎌倉市の病院に入院した。25日に自身が桐島聡容疑者だと名乗った後、公安部の捜査員から一連の事件について「後悔しているのか」と聞かれると、「はい」と答えたという。

男は数十年前から、内田洋として同県藤沢市の土木工事会社に住み込みで働いていたが、会社からは現金で給料を受け取っていた。金融機関の口座を持っていなかったとみられる。

入院した際も、携帯電話や運転免許証などは所持しておらず、海外への渡航歴も確認されていないという。

公安部は男の生活実態を調べるとともに、身元の特定に向け、桐島容疑者の複数の親族から試料の提供を受けてDNA型鑑定を行っている。桐島容疑者本人と確認されれば、容疑者死亡のまま爆発物取締罰則違反容疑で書類送検する方針だ。

桐島容疑者は過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバーで、一連の連続企業爆破事件のうち、1975年4月の韓国産業経済研究所(東京都中央区)爆破事件に関与した疑いで指名手配されていた。

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「桐島聡」半世紀の足取り、名乗り出た男は聴取中に意識が遠のくことも・・・手配のポスター見るたび嫌な思い 桐島容疑者の親族、複雑な心境・・・「うっちー」として生きた半生「東アジア反日武装戦線」のメンバー・桐島聡容疑者とみられる男死亡 「音楽好きのおじさん」50年に及ぶ潜伏生活の実態・・・桐島容疑者とみられる男の潜伏中の写真入手 写真撮影時は58歳か

「桐島聡」半世紀の足取り、名乗り出た男は聴取中に意識が遠のくことも・・・手配のポスター見るたび嫌な思い 桐島容疑者の親族、複雑な心境・・・「うっちー」として生きた半生「東アジア反日武装戦線」のメンバー・桐島聡容疑者とみられる男死亡 「音楽好きのおじさん」50年に及ぶ潜伏生活の実態・・・桐島容疑者とみられる男の潜伏中の写真入手 写真撮影時は58歳か

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【桐島容疑者とみられる男の潜伏中の写真 撮影時は58歳か? TBSニュース 配信】

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読売新聞オンライン・1月29日11:44配信【「桐島聡」半世紀の足取り、名乗り出た男は聴取中に意識が遠のくことも】

事件の真相解明が遠のいた。1970年代の連続企業爆破事件で、指名手配中の桐島聡容疑者(70)を名乗る男が29日朝、入院先の神奈川県内の病院で死亡した。「もっと早く男にたどり着いていれば……」。突然の一報に捜査員らは無念さを口にした。

男が死亡したとの速報を受け、入院先の同県鎌倉市内の病院前には29日午前、テレビカメラなどを構えた報道陣が詰めかけた。

男は数十年前から「内田洋(うちだひろし)」の偽名を使い、同県藤沢市南部の土木工事会社に住み込みで働いていた。末期の胃がんを患い、救急搬送された病院で今月25日、「自分は桐島聡。最期は本名で迎えたい」と名乗り出た。

桐島容疑者は過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバーとして、1975年4月、東京・銀座の「韓国産業経済研究所」で手製爆弾を爆発させた疑いで、翌5月に指名手配された。その足取りは約49年間にわたり、判明していなかった。

男は警視庁公安部の任意の事情聴取に事件についても語ったが、意識が遠のくこともあり、十分に話は聞けなかったという。捜査員の一人は「悔しい。本人から話が聞ければ、半世紀前の事件の全容解明が近づいたかもしれない」と語った。

桐島容疑者は広島県出身で、尾道市内の高校卒業後に上京し、事件当時は明治学院大の学生だった。高校の同級生の無職男性(70)は29日、「もし本人であれば聞きたいことがたくさんあった」と残念そうに話した。

桐島容疑者は列車で約1時間かけて通学していた。真面目で目立たないタイプだったが、体育祭などの学校の行事ではクラスメートと一緒に汗を流していた。男性は「普通の生徒だった桐島が、なぜあんな事件に関わったのか。逃亡生活で何を感じていたのか、ずっと疑問だった」と語った。

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共同通信・1月29日15:59配信【手配のポスター見るたび嫌な思い 桐島容疑者の親族、複雑な心境】

連続企業爆破事件を巡り指名手配されていた過激派桐島聡容疑者(70)を名乗る男が死亡した。容疑者本人かどうかは警視庁が確認中だが、取材に応じた親族は29日、「(指名手配の)ポスターで顔を見るたびに嫌な思いをしてきた」と複雑な心境を明かした。

この親族はこれまで、桐島容疑者との関係を周囲から問われることがたびたびあったという。末期の胃がんだった男は「最期は本名で迎えたい」と話したとされるが、「50年も逃げ続けたのなら偽名のままでよかったのに」と語気を強めた。

今月入院した男は、神奈川県藤沢市の工務店に住み込みで数十年間働いていた。

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TBSニュース・1月29日18:45配信【「うっちー」として生きた半生「東アジア反日武装戦線」のメンバー・桐島聡容疑者とみられる男死亡「音楽好きのおじさん」50年に及ぶ潜伏生活の実態】

警視庁に身柄を確保された桐島聡容疑者(70)とみられる男が、けさ、入院先の病院で死亡しました。男は「音楽好きの良いおじさん」として、周囲に溶け込み、生活を送っていたことがわかってきました。

男の口から、事件について語られることは無くなりました。

けさ、午前7時33分。神奈川県鎌倉市の病院で、指名手配されていた桐島聡容疑者(70)とみられる男の死亡が確認されました。病死でした。

桐島容疑者(70)とみられる男
「自分は桐島聡です。最期は本名で迎えたかった」

末期がんを患っていた男は、今月25日、病院関係者にこう打ち明け、「重要指名手配犯」の捜査が大きく進展しました。

桐島容疑者が手配された容疑は、1975年に東京・銀座の「韓国産業経済研究所」で起きた手製の時限爆弾による爆破事件。男は捜査関係者に、本人しか知り得ない情報を話したといいます。

警視庁は男のDNA型の鑑定を進めていますが、取材を進めると、およそ50年に及ぶ潜伏生活の実態がわかってきました。

桐島容疑者とみられる男の知人

「『うっちー』という名でみんなと親しくしていた。音楽好きの良いおじさん。特にジェームス・ブラウンとか、乗りの良い音楽が好きだった」

「連続企業爆破事件」で警視庁に指名手配されていた、過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバー・桐島聡容疑者。

「内田洋」の名前で数十年間にわたり、藤沢市内の工務店で住み込みで働きながら潜伏していたとみられていて、近所では酒を酌み交わし、親しい仲になった人もいました。

「内田洋」名乗る男の知人

「『うっちー』という名でみんな親しくしていた。イベントとかライブがあったりすると、盛り上げたりとか、音楽がすごく好きな人。静かに飲んで、時々音楽に合わせて軽く踊ったりとか」

「うっちー」と呼ばれ、親しまれていた男は、自宅に知人を招くこともあったといいます。

「内田洋」名乗る男の知人

「音楽ビデオが(自宅に)たくさんあるので、整理するものもあってあげるよと、もらいに行った。(ビデオは)ロック系のものが多かった気がする」

潜伏生活のさなか、大胆にも周囲と交流していたとみられる男。しかし今月中旬、転機が訪れます。

男を助けた近所の人

「通りかかった時に倒れて『うー』という感じ」

自宅のすぐそばで倒れた男は自力で立ち上がることができず、自動販売機の前に座り込んでいたといいます。男は男性2人に対し、声にならない声で自宅の場所を伝え、脇を抱えられながら自宅へ…。

玄関には南京錠がかけられていて、男性が扉を開けると…6畳ほどの部屋にはストーブが2個置かれ、段ボール箱などが散乱して足の踏み場も無かったといいます。男はこの直後、自宅から入院先の病院に運ばれたとみられています。

男を助けた近所の人

「この顔(手配写真)を見ると『あっ!』となる。確かに言われたら、相当痩せたなという感じ。(手配写真の)3分の2くらいまで痩せている」

一方、桐島容疑者とみられる男が死亡したことを受け、連続企業爆破事件の被害者の家族は複雑な気持ちを抱いています。

夫が連続企業爆破事件で負傷した女性

「罪の意識が出てきて本音を語ったのか、自己満足か分からないけど。もうちょっと長く生きて自分の言葉で事実を話してもらい、罪を償ってもらえたらよかった」

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TBSニュース・1月29日18:59配信【独自】【桐島容疑者とみられる男の潜伏中の写真入手 写真撮影時は58歳か】

過激派「東アジア反日武装戦線」メンバー、桐島聡容疑者と名乗り、きょう入院先の病院で死亡した男の潜伏中の写真を入手しました。

これは2012年9月に撮影された写真です。

捜査関係者などによりますと、桐島聡容疑者(70)とみられる男は、「内田洋」の名前で数十年間にわたり藤沢市内の工務店で住み込みで働きながら潜伏していたとみられています。

この写真が撮影された時には58歳だったとみられていて、髭を生やし、手配写真よりもふっくらした印象です。

「内田洋」名乗る男の知人

「『うっちー』という名で、みんな親しくしていた。イベントとかライブがあったりすると、盛り上げたりとか、音楽がすごく好きな人。静かに飲んで時々音楽に合わせて軽く踊ったりとか」

桐島容疑者は広島県の出身ですが、内田と名乗っていた男は、周囲に対し隣接県の「岡山県出身だ」と話していたということです。

警視庁は、桐島容疑者の複数の親族からDNA型の提供を受けて、男のDNA型との照合を慎重に進めています。

警視庁は、桐島容疑者と特定された場合、容疑者死亡のまま書類送検する方針です。

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連続企業爆破事件の「東アジア反日武装戦線」メンバー 桐島聡容疑者とみられる男の身柄確保 「桐島聡です」と名乗り出る・・・末期がん患者が突然「本名を名乗る」桐島聡容疑者50年ぶりに現れる・・・末期癌患い余命数ヶ月か…“重要指名手配犯”桐島聡容疑者とみられる男確保「実名を語りたい」偽名使って入院《警察庁重要指名手配犯》

連続企業爆破事件の「東アジア反日武装戦線」メンバー 桐島聡容疑者とみられる男の身柄確保 「桐島聡です」と名乗り出る・・・末期がん患者が突然「本名を名乗る」桐島聡容疑者50年ぶりに現れる・・・末期癌患い余命数ヶ月か…“重要指名手配犯”桐島聡容疑者とみられる男確保「実名を語りたい」偽名使って入院《警察庁重要指名手配犯》

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TBSニュース・1月26日15:54配信【連続企業爆破事件の「東アジア反日武装戦線」メンバー 桐島聡容疑者(70)とみられる男の身柄確保 「桐島聡です」と名乗り出る 警視庁公安部】

1974年から75年にかけて起きた連続企業爆破事件の重要指名手配犯で、過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバー桐島聡容疑者(70)とみられる男が、警視庁公安部に身柄を確保され事情を聴かれていることがわかりました。

捜査関係者によりますと、きのう警視庁公安部に対し、神奈川県鎌倉市の病院に入院している男が「桐島聡です」と名乗り出たという情報が寄せられました。

男は偽名でこの病院に入院していましたが、末期のがんだということで、警視庁は慎重に話を聴いています。

男はすでに事情聴取に対して、事件の関係者しか知り得ない当時の状況などについて話しているということです。

こうした状況から、警視庁公安部は男が桐島容疑者である可能性が高いとみて、現在、DNA型の鑑定を進めています。

桐島容疑者は1975年に爆発物取締罰則違反の疑いで指名手配されていて、50年近く逃亡していました。

「連続企業爆破事件」は1974年8月30日、東京・丸の内の三菱重工業ビル玄関前に置かれた爆弾が爆発し、8人が死亡、380人が重軽傷を負った事件など、「東アジア反日武装戦線」が74年から75年にかけて大手商社やゼネコンなどを標的に次々と爆破事件を起こしたものです。

1975年5月には「東アジア反日武装戦線」の「狼」「大地の牙」「さそり」の3つのグループのメンバー8人が逮捕されていました。

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FNNプライムオンライン・1月26日17:34配信【速報】【末期がん患者が突然「本名を名乗る」桐島聡容疑者50年ぶりに現れる 連続企業爆破事件メンバー】

1974年から1975年におきた連続企業爆破事件の重要指名手配犯、桐島聡容疑者を名乗る男を警視庁が確保した。

捜査関係者によると、桐島容疑者を名乗る男は末期がんを煩い、神奈川県内の病院で偽名を使って入院していた。

そして男は、突然「本名を名乗る」趣旨の発言をし、桐島聡であることを語ったという。

警視庁は現在、男を確保し、本人かどうかの確認を行っている。

指名手配されている桐島容疑者は、過激派の「東アジア反日武装戦線」”さそり”のグループの一員。1975年に手配されていて、警察庁重要指名手配犯のうち、逃走期間が最も長い容疑者となる。

本人と確認されれば、重要指名手配事件が、半世紀ぶりに大きく動き出すことになる。

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読売新聞オンライン・1月26日21:17配信【桐島聡容疑者「岡山に女と一緒にいる」の電話から49年不明…鎌倉の病院に名乗る男】

1970年代に連続企業爆破事件を起こした過激派組織「東アジア反日武装戦線」のメンバー、桐島聡容疑者(70)を名乗る男が見つかった。捜査の目をかいくぐり、半世紀にわたって逃亡を続ける桐島容疑者。警視庁公安部は身元の確認を進めており、本人と特定されれば、捜査は一気に急展開を見せる。

「『桐島聡』と名乗る男性が入院している」――。

警視庁公安部に神奈川県警から情報が寄せられたのは25日だった。公安部は神奈川県鎌倉市内の病院に捜査員を派遣。本人の可能性が高いとの感触を得た。

公安部の捜査員は、「桐島容疑者の足取りはつかめていなかった。本人であれば、長年追い続けた捜査員らの悲願が果たされる」と興奮した様子で話した。別の捜査員は「まだDNA型鑑定を進める準備の段階だ。今はただ、鑑定結果を待ちたい」と話した。

男が入院中の鎌倉市内の病院前には26日夕、報道陣約30人が集まり、騒然とした雰囲気に包まれた。

連続企業爆破事件を巡っては、75年5月、主要メンバー7人が一斉に逮捕された。だが、桐島容疑者は一度も逮捕されず、約50年間にわたって逃亡してきた。

手配資料などによると、桐島容疑者は広島県神辺町(現・福山市)出身で、県内の高校を卒業後、72年に明治学院大学に入学した。

75年4月、在学中に東アジア反日武装戦線の「さそり」グループのメンバーとして事件を起こし、逃走直前まで、東京都新宿区歌舞伎町の大衆料理店でアルバイトをしていたとされる。

事件後の75年5月20日に渋谷区内の銀行で預金を払い戻した後、同月31日に広島県の実家に電話をかけ、「岡山に女と一緒にいる」などと父親に伝えたのを最後に、足取りが途絶えた。

警察当局は、眼鏡をかけた桐島容疑者の顔写真入りのポスターを全国に掲示し、情報提供を呼びかけてきた。

捜査幹部は、「単独で50年間も逃げ切れるはずがない。本人と特定されれば、逃亡に協力した人物がいないかについても捜査していく」と話した。

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FNNプライムオンライン・1月26日20:22配信【末期癌患い余命数ヶ月か…“重要指名手配犯”桐島聡容疑者とみられる男確保「実名を語りたい」偽名使って入院】

黒縁の眼鏡に長い髪で笑顔を見せる男。

重要指名手配犯・桐島聡容疑者。約50年前に起きた連続企業爆破事件が急展開。桐島容疑者とみられる男の身柄が、警視庁に確保されたのが明らかになった。

この男が桐島容疑者本人であると確認されれば、重要指名手配事件が半世紀ぶりに大きく動き出すことになる。

連続企業爆破事件の重要指名手配犯となった桐島容疑者は、過激派の「東アジア反日武装戦線」“さそり”のグループの一員。

1975年に爆発物取締罰則違反容疑で指名手配され、50年近く逃亡していた。桐島容疑者は警察庁重要指名手配犯のうち、逃走期間が最も長い容疑者。しかし一体なぜ、重要指名手配犯の疑いがある人物が半世紀ぶりに急浮上したのだろうか。

桐島容疑者を名乗る男は、末期がんを患い神奈川県内の病院で偽名を使い入院。そこで男は突然、本名を名乗る趣旨の発言をし、桐島聡であることを語ったという。捜査関係者によると、桐島容疑者と名乗る男の余命は数カ月だという。

警視庁公安部は、男と接触し、桐島容疑者本人かどうかの確認を行っているという。

偽名使って神奈川県内の病院に入院中のところ…

その半世紀前の連続企業爆破事件の重要指名手配犯を名乗る男が入院している病院前から、フジテレビ社会部・小野恵里記者がお伝えする。

現在70歳になる桐島聡容疑者を名乗る男は、神奈川県内にある大きな病院に入院していて、末期がんだという。警視庁公安部は現在、桐島聡容疑者を自称する男について、確保して本人確認を進めている。

確保までのいきさつだが、この男は末期がんを患っていて、2024年に入ってから偽名を使って入院。25日までに「実名を語りたい」と話し、桐島聡であると名乗ったという。

現在はかなり容体が悪化しているということで、ある捜査幹部によると、仮に本人確認されたとしても、体力的に逮捕・勾留に耐えられるかは不透明だという。

桐島容疑者は連続企業爆破事件などを起こした過激派・東アジア反日武装戦線のメンバーで、1975年に指名手配され、警察庁重要指名手配犯のうち、逃走期間は最も長い容疑者となる。

本人と確認されれば、重要指名手配事件が半世紀ぶりに大きく動き出すことになる。

(「イット!」1月26日放送より)

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Author:7ドラゴン
世の中には表に出て来ない話が山ほどあります。
新聞にも週刊誌にも載ることはありません。
そのような見過ごされそうな問題をボクなりの視点で皆さんにお伝えして行こうと思います。
主に鹿児島県内の問題。
情報があれば九州管内の問題についても呟きますのでおヒマな時にはご訪問下さい。
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